火にくべる

火にくべてしまいたい日常の機微

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あなたがあなたとして生きていくことを、繊細なアンテナで選びとっていく些細な物事を、日々の機微に傷ついたりよろこんだりすることを、受け止めて、肯定したい。時間の流れに埋め込まれていく事実の数々に一喜一憂して、風の音や匂いや、音楽とシンクロしてゆくのを感じて、まるごと世界に溶け込んでしまえる身体を感じたい。

あなたが傷つくことを認めたい。わたしが傷つくことを認めたい。その傷を傷としたまま、生まれ変わって、次の自分になることを認めたい。

そこにあるあなたを、そこにある私を認めたい。

7階から飛び降りたら死ねる。死の可能性はいつだって隣で開かれている。怖いからしない。ただ、怖いからしないのだ。私は今生きたいという意思のもとに、ここで眠っている。それはある種の自信でもある。

幸せだと思うのは、自分がいま幸せかどうかを考える必要がないときだという。生きていると感じるのは、死と隣り合わせのときだ。死の可能性を感じて初めて、生の実感を思い出す。同時に、死の可能性は、死の方向へと身体を引き摺り込む。まるきり世界に委ねてしまって、ゆるやかに、自分の時間で生きていきたい。

 

ここのところずっと苦しい。もう何も考えたくない。身体が引き裂かれるような、外界からの要請が続く。変わらないと前に進めない。Y字路だ。正確には、変わること、変わらないことを自分の意思で選択しなければならない。身体感覚。思考や論理は巡り巡ってわたしの首を絞める。身体感覚を軽視してはいけない。わたしが生きている意味の一つは、身体で感じていることだ。

穏やかな陽

穏やかな陽 十六時半の窓辺に立ち朝のあいさつ代わり

 

太陽の残滓にならざるを得ずきみのうしろの黄金の日々

 

影踏みをして河川敷まっしろな骨に近づくためのやりとり

 

黒点オパール石は手のひらでかなわないのをゆるす、ゆるして

 

サバイバルナイフ一生に一度も使わずにじとりと反射する

 

仲間外れの国でおなじ瞳を探すのが上手くてたすかった

 

プリズムは想像力の内側でいちばん虹色らしい 確信

 

わたしたち綿毛みたいでもどかしいけれど夕立がたちまち乾く

 

太陽の残滓みたいないでたちでたすけにきてくれてありがとう ひかり

 

穏やかな陽が永遠に降る部屋で 幸せ を口に出す基礎練

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気づいたら周りがみんな大人になっていて、自分も知らないうちに大人になっていて、なんというか、あまりに現実を見なさすぎるのはダサいかもな〜と急に思った 現実とのコンフリクト、現実の制約のなかに成長の要素や気づきが隠されているということに、今さら気づいた?
しんどいこととか葛藤とか、現実的なものに折り合いを付けるさまはなるべく見せない方がかっこいいと思っていたが、この年になってそれだけだとフェイクすぎるかも

理想の範疇だけで、社会的な役割から逸脱した部分だけで自分が形成されているように見せかけるより、現実の影に阻まれながら、それでも理想とのはざまで自分を実現してみせようと頑張ってる方が、リアルで良いのかも

人生でこんなこと思ったの初めてかも